「拡張するファッション」のこと vol.3――はじまりは1995年。あと2014年1月28日も。

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拡張するファッション展チラシ

はじまりは1995年。

なにより、「拡張するファッション」の序文に登場するこのフレーズにしびれました。驚きました。この驚きはふたつに分けることができて、ひとつはごくパーソナルな、心の奥の方をきゅうっとつねられたような感じ。もうひとつはやや客観的なもので、この本の成り立ち方とか存在の仕方とかに驚き舌を巻いて、巻いて巻いて巻きすぎて喉にきゅうっと詰まってしまったという感じ。今回のブログでは、前者についてお話しします。

と、ここまで書いたあたりでなんとなく左斜め後ろを振り返ると、そこに女の人が立っていました。あ、でもまさかね、と思いつつもふらふら立ち上がる僕に、彼女は声を掛けてくれたのでした。

「林です」

心の奥の、さらにもうすこし奥の方で「きゅうっ」と音が。

本当に、林央子さんでした。昨日のことです。今日の午後になって、ようやく続きを書き始めることができました。

実は、僕は独立して先輩二人とともにクラリスブックスを立ち上げることを決めた瞬間から、この店に林央子さんをお呼びしたいと考えていました。いや、漠然とした「会いたい」「話したい」という思いなら、クラリスブックスという場も、独立の考えすら影も形もなかった頃、2年以上前に「拡張するファッション」を読み終えた瞬間から、ずっと抱き続けていました。

その思いを言葉にして、林さんにお届けしたのが、ほんの数日前のこと。

彼女はこれに応えるべく、直接お店に来てくださったのでした。

いろいろなお話をさせていただきました。「拡張するファッション」のこと、開催を来月に控えた展覧会のこと、そのカタログのこと、僕自身のこと、林さんにとっての書くということ、編集するということ、編集されるということ、などなど。

話せば話すほど、ああこの人はやっぱり本当にあの本を書いた人なんだ、間違いない、と思いました。自分のパーソナルな思いや感情をとても大事にしていて、そして同じくらい他人のそれらのことも大事に、目を向け耳を傾ける人。

僕は、林さんがご来店くださる直前に書こうとしていたこと、「拡張するファッション」という本へのふたつの驚きについて、林さんに語りました。

今回のブログでは、そのひとつについて、もうしばらくお話ししようと思います。

はじまりは1995年。

「この時期、ファッションの周辺ではさまざまな、生き生きとした動きが起こっていた。新しいクリエイティビティを携えたデザイナーがベルギー、オランダ、ドイツ、ウィーンなどから多数現れたことで、必然的に新しい雰囲気のファッション写真が現れ、アートとファッションの両方で活躍する写真家が、何人も現れた。たとえば、ヴォルフガング・ティルマンス、アンダース・エドストローム、イネス・ヴァン・ラムズウィールド&ウィノード・マタディ、マーク・ボスウィック。彼らの活躍は雑誌「Purple」など、パリを拠点に現れた新しいコンセプトの雑誌を通して、多くの人に知られていった。(中略)上記のような写真家たちが送り出したビジュアルイメージは、国境をやすやすと超える雑誌文化を通して世界に共有され、後にアート界や音楽業界、広告業界など、新しい創造活動に敏感な人々や創作に携わる人々の、大きな関心事になっていったのだ」

以上は「拡張するファッション」序文からの引用です。

はじまりは1995年。このフレーズに触れた僕の驚きとは、簡単に言えば「まさかそんな!始まっちゃってたのかい」というものです。1995年から2000年あたりに思春期を送った自分を思い返すに、彼にとってファッションとは、クリエイティブなものと結びつくような何かではなく、単に流行であり消費でした。それについて語ることや一生懸命になることになぜかすごく抵抗があって、そんなことに振り回されたくないとか、映画を観たり本を読んだりすることの方がよほど重要だ、とか頑なに思っていたようなフシがあります。そのせいか、この本に登場する人々や事々について、断片的に観たり、聴いたり、読んだり、知ったりすることはあっても、それを大きな流れやうねりとして体感することができなかったのです。

「身体的に自分に近いもの、世界とつながっているもの、自分を表すもの」として衣服を思考すること。それは現在の僕にとってはとても重要なことです。いぜんブログで書いたとおり「おれはこれで行くぜ」みたいな確固としたものを樹立することにはやはりどうしても抵抗があるのですが、もっと曖昧でいたいのですが、それはそれとして、いまの自分は、いろんなものを同列に並べて考えたり感じたりしようと、すくなくとも努力している。映画も文学もファッションも音楽も美術も写真も漫画もテレビも虫も食べ物も、新しいものも古いものも、高いものも安いものも、自分の興味・関心・趣向の別になるべくこだわらずに知ろうと努めること。「えーおもしろそーなんでも興味ありますー」というんじゃないですよ。何かに出逢ったときに、なるべくまっさらな状態でそれと対決するということ。もちろん実践するのは難しいですが、そういうのが大事なんじゃないか、と思ったのは、古今東西様々な本を日々じかに扱う古書店という職場で経験を積んでからのことでした。

「拡張するファッション」に出逢ったのは、まさにそんな時だったのです。あの頃の少年がすっかり見逃していたもの、気づけなかった始まり。選ばなかった道で巻き起こっていたうねりと、エネルギーの爆発。あの頃には手繰り寄せようともしなかった、いくつもの繋がりの糸。そういったものを、僕は「拡張するファッション」を読みながら体感しました。自分から遠く離れたところのものを、いまや自在に身近にまで引き寄せて読める、という快感。

 

そんなお話を、林さんにも長々としてしまいました。

「書き手ではなく、読み手が主役なんだと思いました」

そう、彼女は言ってくれました。これはとても嬉しいお言葉です。僕としては、自分の思いを込めた手紙(Eメールですが)に、林さんが、会いに来て下さるという最高のかたちで応えてくれたことに感動したわけですが、その林さんはというと、自分がかつて著した本に、一読者である僕が強烈に反応したこと、つまり読者の言葉が自分のもとに届き、そしていまこうして実際にその読者と語り合うことができている、ということを喜んでくれたのです。

この日のお話が、後にここクラリスブックスという場で、何らかのかたちでの催しとして実を結ぶことになるのか、なるとしてもいつのことなのか、それはまだわかりません。が、著者と読者とが対話する機会を持つことのできる場、本が人と人とを結びつける場、というのは、古書店としてぜひとも目指したいと常々思っていたところです。それをまず、なんと僕自身において実現させることができてしまった、ということは、まだうまれて間もないクラリスブックスにとって、実に幸先のよい話だと思います。

林さん、どうもありがとうございました。

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次回も、引き続いてもうひとつの驚き、「拡張するファッション」という本の成り立ち方・存在の仕方への驚きについて、お話ししたいと思います。

石鍋

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