文・クラリスブックス 高松

私は大人になってからピアノを習い始めた。もう始めて10年近くになる。人差し指で鍵盤を叩いて遊んでいた頃と比べれば、多少は弾けるようになったが、小さい頃から習っている人と比べれば、まったく話にならないレベルである。
そんな状況ではあるが、それでも続けられているのは、いろいろな理由があるけれど、おそらく、一つは発表会という存在が大きいように思う。

発表会。子供の頃、何か習い事をしていた人であれば、経験したことがあるのではないか?ピアノやダンス、バレエなどなど。私は小さい頃、そういった習い事を一つもしていなかったので、大人になってから体験するピアノの発表会は、それはそれは新鮮なものだった。
一般的に、プロのピアニストのコンサートを聞きに行くという場合、観客はお金を払って、演奏者は報酬を受け取る。演奏者は観客を喜ばせる責任があるといえる。そして観客はお金を払ったので、演奏を楽しむ権利がある。この構図はとてもシンプルである。
一方ピアノの発表会は、演奏者、つまり出演者が主催にお金を払う。観客は、よほど大きな発表会でない限り、無料である。人前でピアノを演奏するということ、ただその一点においては、発表会はプロのコンサートと同じだが、発表会は、演奏する側、そして聞く側共々、関係が大変複雑である。
その理由は、プロのピアニストのコンサートと違い、発表会、特に大人のピアノ発表会は、自分自身の為に演奏するという意味合いが強いからだ。
もちろん、プロのピアニストも自分自身の為に演奏する。大人の発表会でも、聞きにきてくれた人たち、家族や友人の為に演奏する。ただ、それでも発表会の場合、そこは日頃の練習の成果を見せる場なので、あえて難し曲を選んだり、自分だけが好きで、全く有名じゃない曲を弾いたりする。だから、聞いてもらうというより、純粋に、「弾く」ことを目的としている。

▲私の家にある電子ピアノ。もう10年くらい前のもの、しかもそんなにいいものではない。最近は、ハイブリッドピアノや、かなり高性能の電子ピアノもあり、それらは普通のアップライトピアノより高かったりする。

さて、つい最近発表会があって、私も参加した。私は今回バッハの小プレリュード集の一曲と、インヴェンションの第一番を弾いた。インヴェンションの方は、ピアノをやってきた人にとっては絶対弾いたことのある曲である。プロのピアニストがコンサートで弾くことなど、よほど特別な会でないかぎり、まずないだろう。だから、私は私自身の練習の成果の発表の場として、この曲を弾いた。人前で「弾く」ためである。
今回私が参加した発表会は、人数や日程の関係で、休憩を挟んで31人が演奏した。かなり多い人数だと思われる。こういった発表会は、通常初心者が最初に演奏し、だんだん上級者になっていく。もちろん私は最初の方に弾くのだが、私は帰らずに最後まで出演者の演奏を聞いた。もちろん、いつもそうしているけれど。
私が他人の演奏を聞く理由は、同じレベルと思われる人や、年齢など同じくらいの人の演奏を聞くのが刺激になるからだが、大人のピアノの場合、実は、演奏を聞くというより、その演奏者一人ひとりを観察するのがとても楽しい。
大応援団を引き連れて、自身もパリっとスーツを着こなして登場するお父さんもいれば、普段着のような格好で、家族も応援団もおらず、一人ぽつねんと座って、順番になっておもむろに席を立ち、ピアノを弾いて、サッと帰る人もいる。演奏にその人の個性、性格が現れるというが、特に、ある程度年齢の上の方の演奏の場合、個性や性格どころか、人生そのものが映し出されているようにすら思えてしまう。
お孫さんがいてもおかしくないだろう年齢の男性が弾く、ものすごくスローテンポのベートーヴェンの「エリーゼのために」は、プロのピアニストが弾くものより感動的だったし、有名なモーツァルトのピアノソナタを、あまり間違えずに、途中で止まること無く、自身のテンポでしっかり弾ききった、私より少し上と思われる男性の演奏、自身の世界に入りきって、プロのピアニストと言われてもおかしくないと思われる、妙齢の女性の迫力ある演奏などなど、そこには、一人ひとりのドラマが存在する。
何回も発表会に出ていると、よくみかける方がいる。いつもショパンを弾く方、シューベルトを弾く方。あるいは、以前は友人か、それとも恋人と一緒に来ていたが、今回はお一人だったり、もちろんその逆も。また、一緒に連れてきてた赤ちゃんだった子供が、いつの間にか幼稚園児くらいになっていたり。こういった気持ち悪い観察は私の悪い癖だが、しかし私もおそらく誰かからそのように見られているのだろう。ともかく、一言ピアノの発表会といっても、大人のピアノ発表会は、いろいろと見るところ、感じるところがあって面白い。

ちなみに、出演者の男性女性の比率だが、ほぼ半分半分だった。年齢は分からないが、おそらく、20代から70代まで、一番多かったのは、40代だろうか。私はごく平均的出演者といえる。男性と女性の違いを考えると、私のように、大人になってピアノを始めたという人は男性に多いように思う。女性の場合は、子供の頃少しやっていた、あるいは高校生くらいまでやっていた、という方が多い気がする。もちろん男性でも子供の頃からやっていて、そのまま続けているという方もいるようで、実際彼らの演奏はものすごくうまかった。
さらに、演奏する曲について。私はバッハが好きなので、いつもバッハを演奏するが、バッハは易しい曲から難しい曲まであるので、割合的には人気である。バッハ以外では、シューベルト、ショパン、ベートーヴェンが多かった。女性はショパンが好き、という話をよく聞くが、やはりそうかもしれない、と思った。一方男性はバッハが好き、というのも、なんとなく頷ける。

大人のピアノの発表会、実にいろいろな見方ができる。私がいうのも変だが、皆の演奏を聞いていると、なぜそこまで頑張ることができるのだろうか、と思う。見返りを求めず、ただただ純粋にピアノを弾きたい、まさにその気持ちが皆を突き動かしているのではないだろうか。その純粋な気持ちが強ければ強いほど、自分の世界を作ることができる。そこには年齢や性別など関係ない。ピアノの前では皆平等である。

 

クラリスブックス 高松