11月1日(日)クラリスブックス読書会が開催されました。課題本は井筒俊彦『イスラーム文化 その根底にあるもの』でした。この本は1981年に行われた講演の記録を井筒氏自らが活字化したものです。世界的なイスラーム研究者として知られる井筒俊彦氏による比較的平易な文章で書かれたこの講演録は、イスラームという我々日本人があまり触れることのない文化の一端を学ぶには格好の書物なのではないでしょうか。
「遠い世界に感じる」
参加者のひとりがふと口にした、この本の感想です。
信仰とは縁がうすい日本人にとってこの本に書かれたイスラームの文化は、なかなか入って行きづらい印象が有ります。聖俗を分かつことなく「コーラン」の教えに従い、イスラームの法により統治される一大文化圏。国籍がどこであろうと、いかなる部族であろうとイスラム教徒(ムスリム)である限り、コーランの定めたことが絶対となる社会。しかも新たなる聖典解釈は9世紀中頃をもって禁止されており、近・現代化してゆく社会との溝が深まってゆく中で暮らしてゆく人々を理解するのは難しいのものがあります。
モロッコを旅されたかたのお話が伺うことができたのですが、お祈りの時間になると街中にコーランの放送が流れ、それに伴いみなお祈りを始めるなど、やはり生活の全てが宗教と一心同体となっているそうです。ただ、だからと言って人々が信徒然として品行方正に暮らしているかというと、そんなことはないようで、どこかいい加減で、狡く、したたかな面もあるようです。しかし年寄りや弱者を邪険に扱うこともしないし、金持ちの旅行者からは遠慮なくぼったくるが、貧乏旅行者には優しいそうです。神を信ずる彼らは、われわれ日本人のように金銭を神聖視していない、大事なのは神と人、金は二の次、だから人間味に溢れてますよね。真面目な人もいればちゃらんぽらんな人もいる。そんなところは近しさを感じますが、その人たちがお祈りの時間には一斉に祈りを捧げる、神に統括された姿には「遠さ」を感じてしまいます。
遠い存在ということですと、この本の著者の井筒俊彦という人は、もちろん知っている人にとっては知の巨人という存在なのでしょうが、一般的な日本人からすればあまりなじみのない名前です。
イスラーム研究という狭い領域の学問の徒というだけではなく、仏教、キリスト教、また宗教のみならずギリシャ哲学、あるいは文学にも造詣が深く、神秘主義に傾倒、英語、アラビア語はもちろんあらゆる言語に精通し「語学の天才」と謳われる、日本を代表する思想家です。だが学閥を嫌い、生涯弟子をもたなかったということです。それゆえ、そして卓越した語学力に日本よりも海外の方での評価が高いということです。
今回の読書会参加者の大半も『イスラーム文化』というこの書物で初めてその井筒俊彦という名を知ることとなりました。知る人ぞ知る思想家ということで、難解な書物なのではという先入観は良い意味で裏切られたようで、『イスラーム文化』は講演録ということもあり、平明な文章で書かれており、それでいて実に内容に富み、そして参加者のひとりの「まるで詩をよんでいるよう」との感想は表現力豊かな文学的な描写を物語っています。
この書物のもととなった講演は1981年に経済人の集まりの席で行われたものです。オイルマネーで台頭するアラブ社会、イランの革命といった国際情勢をうけての講演だったのでしょう。その席でイスラームという宗教とイスラーム社会を形成する主流といわれるスンニー派のみならず、思考の内面へより深く信仰とコーラン解釈の道を探るシーア派と、さらに神との一体へと突き進むスーフィズム呼ばれるイスラーム神秘主義者といった非主流の人びとの姿を活写することにより、井筒俊彦氏はイスラーム社会の一面のみならず、もっと未知の領域へも目を向けることの意義を、あるいは意義というよりも、驚きと楽しさを教えてくれたように思います。
イスラームといえば前近代的、あるいは西欧社会との軋轢、とりわけテロによる恐怖といったイメージで捕えがちですが、こうやって1冊の書物に出会うことで、そしてそれを読書会という場で共有するという事で色とりどりの豊かなイメージを得ることができる。そしてひとつの読書体験で「知る」ことと同時に宿題のようにさらに多くの「知らない」ことも積み重なってゆく。ためになること、役に立つことのみを、吸収していくという事も大事ですが、それと同時にもっと「知らないこと」の茫洋たる海が広がりそこへ漕ぎ出してゆく。それが読書の醍醐味であり、より深みへと誘ってくれるのが良い本なのだと思います。そういった読書体験へと、少しでも、自分も含め導いてゆけるような読書会ができたらなと思います。今回の読書会では「イスラーム」そして「井筒俊彦」を少しだけ触れることとなりました。さらなる興味へと広がってゆけるでしょうか。
今回の読書会のあと早速、代々木上原にあるモスクへとはせ参じたとの報告が。こういう動きがあるのが楽しいですね。
石村
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