すがすがしい力技にほれぼれ――映画『アナと雪の女王』の感想

先日、ディズニー映画最新作『アナと雪の女王』を娘といっしょに見ました。日本では『ポニョ』以来の動員数だそうで、確かに近所の子どもたちも幼稚園の同級生もみんな見ててみんなあの歌歌ってて、娘もすでに二度目の観賞でした。とにかく話題になってます。『ドラゴンボール』見逃すと木曜の朝仲間ハズレ、 ワールドカップ盛り上がらないと非国民、みたいな雰囲気あります。

さて、実際見てどうだったかというと、やはり ”歌” でした、歌がすごい。あと雪。

話題の「Let It Go」、街なかでもテレビでもやたらと流れていてすでに食傷気味だった上、「映画館でみんなで歌いましょう!」「元気づけられました!」みたいな苦手な感じの声が続々聴こえてくるので、正直ちょっと警戒していました。クライマックスでドバーンと使われて、登場人物の面々が「本当に大切なこと」とかに気づいたりしたら嫌だな、と思っていたのですが、幸いぜんぜん違う展開になってよかった。

序盤、化け物呼ばわりされて王国を追われたヒロインが、たった一人薄暗い雪山でネガティブに歌い始めるのが「Let It Go」です。彼女は歌いながら徐々に高揚して180度考え方をひっくり返し、10年以上抑え続けてきた力を駆使して自分だけのための氷の城をモリモリつくり、手袋もマントもティアラも投げ捨て氷の衣装を身にまとい、歌い終わる頃には ”雪の女王” として堂々君臨。気づけば朝日までのぼっている。「これでいいの!」「すこしも寒くないわ!」と、こういう歌だったのです。

歌が、一夜にして風景を一変させる。一人歌うことで自分を変える女。時間の経過も変身も、すべての “変化” が、誰が聴いてくれるわけでもない孤独な歌のなかだけにぶち込まれている。有無を言わせぬ力技がすがすがしい、すばらしい場面です。

欲をいえば、この ”雪の女王” エルサのハイテンションは、もっと長く持続すべきだったと思います。10年以上も閉じこもって我慢してきたのに、我に返って苦悩するのが明らかにあまりにも早すぎる。王国が雪に閉ざされて数十年の時くらいは経過してほしかった。長く辛い暗黒時代を経て、アナの子どもの世代が夏を取り戻すべく孤高の女王に挑む、ということにでもなったら、もっとワクワクドキドキしたはず。大スペクタクルです。

あともう一点。実はすごくワルイ男だったハンス王子の背景を、すこしでもよいから描いてほしかった。「末っ子」ってことくらいしか情報が出てこない。氷の怪物と戦ったり、歌ったり踊ったりとそれなりに見せ場はありましたが、”悪い魔女” の不在を埋めて物語を動かすために自ら汚れ役をかってでた功労者に対して、ラストのあの扱い(殴られて海に落ちて嗤われて投獄される)はちょっとないんじゃないか。気が動転したエルサが殺人を犯すのを食い止めたり、駆け寄るアナを待って完璧なタイミングで剣を振り下ろしたりと、最初から最後まで物語を気遣い続けたハンス王子に、もうひと花咲かせてやってもよかったんじゃないか。

僕はこんなふうに、映画に出てくるワルモノが軽く扱われるのが嫌いです。相応の凄惨な死に様や腐った過去などは、きちんと用意してあげてほしい。木偶じゃないのだから。物語進行を円滑にするための道具として人を使い捨てるのは不誠実でしょう。両親の海難事故とかも、ハイお役御免サヨナラーって感じで、ちょっとね。

同じディズニー系列の映画でも、ピクサー作品はこういった点に関して誠実だと思うんです。あの無駄も隙も矛盾もない明晰な疾走感、わずか数分で特異な世界観を5歳児に飲み込ませる手際、画を動かすことの追求が歌や情緒を転がしてく感じ。『アナと雪の女王』には、そういう魅力はなかったなあ。

などと、不満をあげ連ねるとキリがないのですが、とにかく歌とビジュアルがすごいからオッケーです。あの歌と雪の場面の狂ったすがすがしさの印象が、すべてを吹き飛ばしてくれる。そんな映画です。とても楽しみました。

この暑い夏、みなさんもぜひ涼しい雪の物語を楽しんでみては如何。

石鍋

 


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