“Love may fail, but courtesy will prevail.” ― Kurt Vonnegut 

毎年、今年こそすこしは英語を勉強し直そうという抱負を掲げ、特に何もしないまま一年が経過します。喋れるようになりたい、という以上に、読めるようになりたい、という思いが強いのですが、なかなか、どうにも。

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数年前に友人からもらった、カート・ヴォネガットの長編「猫のゆりかご」の原書です。とある古本屋の均一セールで見つけたとのこと。いつかは、と思いつつずっと本棚にささったままのこの本の背表紙を目にとめるたび、なんともいえない苦い焦りを覚えて衝動的に手に取り、パラパラと数頁眺め、いつかは、と思いつつまた棚に戻す、ということを繰り返しています。

好きな作家の本を原文で読んでいないということに対するコンプレックスは、ふだんはすっかり忘れているのですが、思い出してしまうとけっこう強烈に僕を悩ませます。ヴォネガットは英語で書いたのに、僕は浅倉久志氏の翻訳を通してしか彼の作品を知らない。Vonnegut.  ヴぉ・ね・がっと。そう呟くだけで心臓がきゅっと縮まるような感じがして、生きててよかったと全面的に思ってしまう寸前のところまで行こうと思えば行けるくらい、そのくらいの彼は存在なのに、僕は彼が本当は何と書いたのかをほとんど知らない。悲しくて情けなります。

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というわけでこの元旦に一念発起、僕はついに「猫のゆりかご」の原書をしっかり座って読み始めたものの、しばらくすると背後でクスクス笑う声がして、やめました。妻です。英語を操る術に長けている彼女にとってみれば、僕が洋書と格闘する姿はほほえましくも滑稽きわまりないものらしく、笑わずにはいられなかったのでしょう。

彼女は子どもに英語を教える仕事をしているので、よく人から「英語は奥さんに教わればよいのに」などと言われます。たしかに、わざわざ教室へ通う必要もなく、家のなかに身近な教師がいるというのは、英語を習い覚えたいと思っている者にとっては恵まれた環境といえるかもしれません。でも実際には話は逆で、英語のできる人がそばにいると、遠慮というか気おくれというか、なんとなくそういうのがあって、おいそれとは英語をもちだせないものです。

ついこの間も、家で一緒に映画を見ている時、登場人物がまだ面白いことを言い終えていないのに一足先に僕だけ笑ってしまう、という事件がありました。僕は映画そのものではなく、字幕に反応してしまったのです。映画が好きですとか映画みてーとかいって念願叶って映画を見ているのに、その映画を差し置いて文字を追ってしまったのです。そんなのはいやだ!がんばろう!とまた一念発起すればよかったのですがそうはならず、自分を恥じた一瞬、僕は確かに視界の端で妻の肩がかすかに震えるのを認めてしまったのでした。あの震え方は、寒気でも感激でもなく、明らかに「笑い」によるもの。「おぬし、読みましたな」と彼女が心のなかで呟き笑ったことは疑いようもありません。発起しかけた僕の一念は萎みました。

こういう些細な出来事の積み重ねが、僕を英語から遠ざけるわけです。最近では、日常的に妻の前で英語を口にする必要に迫られた際は、いっそ開き直ってはっきりくっきりカタカナの発音で「イエス!」とか「ベスト!」とか「サー!」とか「パードゥン!!?」とか言うことにしています。もし健気にも全力を振り絞って捻り出した渾身の英語に「クスッ」とか「ニヤリ」とか「アララ」とか「Oh my god」とか反応されたら、それこそ立ち直れなくなるので。

……話がどんどん被害妄想めいてまいりましたが、他人のせいにするのはそろそろやめて、今年こそすこしは英語を勉強し直そう、という抱負を、この場をお借りして今年もまた掲げたいと思います。

ところで、いまのところクラリスブックスでは積極的に洋書は取り扱っておりませんが、いずれは少しずつ増やしていきたいと思っています。僕のように、好きな作家の本を原文で読んでみたいけれどもがんばって注文して買って読めなかったらどうしよう、と思っている人はけっこういるのではないでしょうか。そんな人がふらっと立ち寄った古本屋で洋書を見つけたら、「これも出逢いだ」とかいって買ってくれるような気がしないでもありません。どうでしょうか。店主の高松も、哲学系の洋書を取り扱いたいとひそかに考えているようです。がんばります、がんばりましょう。

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最後に、ヴォネガットの作品に出てくるフレーズのなかで、僕のいちばん好きなものを引用して、本日のブログを締めくくります。

「愛は負けても親切は勝つ」

”Love may fail, but courtesy will prevail.”

石鍋


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