きっかけは店舗ができる前、事務所で本を整理していたときに出てきた『僕らの「ヤング・ミュージック・ショー」』という一冊の書物でした。

僕らの「ヤング・ミュージック・ショー」

ヤング・ミュージック・ショー」というのは1970年代初頭から1980年代中頃までNHKで放映されていた、洋楽(主にロック)のミュージシャンのライブ映像を紹介する番組です。インターネットを通じて洋楽のライブが生収録で配信されるなど夢のさらに夢、ミュージックビデオの普及も80年代過ぎてからですし、動くロックミュージシャンを観る機会がほとんどなかった時代ですから、この番組は洋楽ファンにとっては貴重な情報源として存在していました。

クラリスブックスのスタッフの中で一番年長の私は、この番組の事も知っていましたので懐かしさもあって、事務所でいろいろ思い出を語っていました。私より若いといってもうちのスタッフは全員30代越えですから、今のようにパソコンから音をMP3プレーヤーに落としたり、CDに焼いたり、などという楽ちんな音楽環境以前の時代を体験した世代です。LPレコード、カセットテープ、CD、DATMD。ステレオ、カセットデッキ、カーステ、ウォークマン。何となく各自の思い出を仕事しながらスタッフ3人で語り合っていました。

そのうち私がふと「そういえば昔はよくFMとかエアチェックしたよなあ」と呟いたときのことです。部屋の時間が止まったかのように、私以外の二人がキョトンとして固まっています。「キョ」そして「トン」と静かな室内に音がしたような一瞬でした。「エアチェックって何すかあ?」店主から発せられたこの言葉に今度は私が凍りつき「エアチェックエアチェックだよ・・・・」と力なく答えるのが精一杯でした。

 

エアチェック」とはラジオやテレビの番組を録音、録画する事です。ただし今ではその言葉はあまり聞かなくなり、80年代にシステムコンポが普及し、FMラジオからカセットデッキへ直接録音する事が盛んにおこなわれていた頃に使われていた言葉です。当時のFMは洋楽のアルバムなどを割と気前良く流してくれたので、かなり貴重な音楽の発信源でした。私もビートルズやストーンズはかなりの曲数FMから引っぱってきた思い出があります。

録音した音源を別のテープに編集する作業が楽しかった。ダブルカセットデッキあるいはカセットデッキ二台持ちで、時間を計算しながらテープ編集をおこなっていきました。パソコン上であらよっとコピペするようなわけにはいきませんから、90分のテープを作るには最低90分かかるわけです。よくもまあそんな事する時間があったものだと思います。そんな作業に欠かせなかったのがこいつです。

ストップウォッチ

これはとある(名前見えちゃってますが)メーカーのシステムコンポを購入した際おまけに貰えたもので、ストップウォッチなのですが例えば、3分30秒+4分50秒=8分20秒というように時間の計算機能が付いていて、けっこう重宝しました。今はもう使ってませんが。

さて年寄りの思い出話が止まらなくなってきた。付き合わなくていいですからね。勝手に語ります。

オーディオマニアの人たちにはとても太刀打ちできませんが、当時はいろいろ凝った事してたなと思います。カセットテープノーマルテープクロムテープメタルテープのどれがいいのかだの、ノーマルポジションだのハイポジションだの、ノイズリダクションがああだのこうだのと。役に立ったかどうか分からないけど何か夢中でした。そんな若気の至りの究極の一品がこちらです。

消磁器全体

これはカセットデッキテープヘッド消磁をするために使う消磁器というものです。

消磁器先

 

先っぽをテープヘッドに付けてオレンジのスイッチを押してぐりぐりします。「良い音で、録音・再生を楽しむためにヘッドは時々消磁してください。」と説明書きがありますが、正直、消磁器はあまり使いませんでした。あれから30年、カセットテープは消え、CDもそろそろ役目を終わろうとしているのかもしれない時代。忘却の彼方へ一体どれほどの物や言葉が消えていってしまったのでしょう。

 

自分が当たり前のように使っていた言葉がいつの間にか死語になってしまったか、なりかけているかというのは悲しいけど仕方ないのかもしれません。
昨年日本中で何億回の「じぇじぇじぇ」とか「倍返しだ」が聞かれた事でしょう。未来のことは分かりませんが、これら名台詞も多分何十年という時を生き抜く事は、多分できないでしょう。しかしシェイクスピアのハムレットの台詞「To be, or not to be: that is the question」これは400年を越えて読み伝えられてきました。あるいはプラトンは2千年以上の歴史の風雪の中に晒され読み継がれ、今も我々に問いかける事を止めません。私たちの同時代にも数多く消化しきれないほどの言説が登場します。その中にあって、古典は新たな読者を獲得し読まれていくでしょう。同時代からも新たな古典の誕生があることでしょう。

年頭にあたり今年は、というかこの先の人生、クラリスブックスという場所を授かった事もあり「読み伝えていくこと」について考えていきたいと思っています。もちろん我々の時代の作品の中から未来へ、新たな古典の誕生、発見を伝えられることの一端に力になれるならと思います。一番恐ろしいのは、我々の時代で何かの拍子で伝え続けてきたことが途絶してしまうことです。過去の貴重な遺伝子を我々の遺伝子の中でより磨きをかけ未来へ送り出す。そのことを模索していきたいと思います。

石村

◆文中青字はもう使わなくなったろうなという単語です。あくまで個人の感想です。