2016年11月
文・高松徳雄

美しい自然の描写にただただ見入ってしまうばかりだが、この映画が我々観客に求めていることは、「自然は美しい」「自然は雄大」などという単純かつ素朴な感想では決してなく、むしろ人間の存在理由にまで踏み込むほどの、哲学的かつ宗教的な問題提起への答えを、一人ひとりに求めているのではないか。

あたらしい野生の地チラシ
▲この美しい2種類のチラシ、映画を見終わった後に手にとると、ただ美しいだけではないということが理解できるはず。

この映画を見て、私は埴谷雄高の『不合理ゆえに吾信ず』のある一節を思い出した。

 ―私が《自同律の不快》と呼んでいたもの、それをいまは語るべきか。―さて、自然は自然に於いて衰頽することはあるまい。

学生時代に埴谷雄高の『死霊』と出会い、どっぷりと彼の妄想世界に取り付かれた私は、彼の残した様々な断片集、アフォリズムを多く読み、その中でも特にこの『不合理ゆえに吾信ず』を好んだ。

 自然は自然に於いて衰頽することはあるまい。

この言葉に取り付かれてしまっている私には、この映画は衝撃だった。そしてそこからあえて進んで考えてみると、「さてそうであるとして、人間はどうあるべきか」という問いを発せざるを得ない。

埴谷雄高「不合理ゆえに吾信ず」
▲現代思潮社版 埴谷雄高『不合理ゆえに吾信ず』 1967年第2版

人間の歴史はたかだか1万年。地球は誕生してから46億年経っており、宇宙誕生は、今の最新技術をもって計算すると、138億年前とのことである。

映画の舞台であるオランダの「オーストファールテルスプラッセン」は、わずか50年足らずでリワイルディング(再野生化)されたということは、いかに人間の営みが陳腐で、まさに、風の前の塵に同じであるということを現しているように思う。そして、大局的な視点から考えると、人間より、遥かに動物たちの方が賢いのではないか、人間が “進化” したといわれるが、実は “退化” していったのではないか、とすら考えられないか。

だがしかし、そうは言っても、人間は仲間を助け、共に歩んでいかなければならない。さまざまなテクノロジーを駆使して、共に生きていかなければならない。誰をも見捨てることはできない。
足が凍ってもはや群れについていけなくなってしまった若い馬は、自分の死に場所を探すしかない。仲間は待ってはくれない。その馬は窪地にうずくまり、やがて死を迎える。すると、狐やカラスが寄ってくる。続いてネズミなどの小動物が食い散らす。最後は昆虫が一斉に群がり、馬の屍体はもはやなくなり、骨だけが存在する。映画ではそこまでは映し出されていないが、その骨もやがては風化し、土に帰るだろう。それは雨とともに土壌に栄養を与え、春に新しい草木を生み出し、その花は蜂の栄養となり、草は馬の食料になる。

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▲「あたらしい野生の地 リワイルディング」パンフレット
実際に現地に訪れたことのある、詩人管啓次郎と写真家赤坂友昭の解説がさらに理解を深めてくれる。

ギリシア神話のゼウスが、人間が増えすぎて神々への敬意や供え物も少なくなってけしからん、戦争を起こして少なくしてやろうと考えてトロイ戦争が始まったといわれるが、ゼウスが “自然” という形に姿を変えて、荒ぶる神として本当に存在すれば、そのようなことが起こってしまうかもしれない。欲望に身を任せた資本主義経済の行き着く果ては、人間にとってはかなり酷な世界だと思えるが、しかし自然はそれを待っているのかもしれない。

「あたらしい野生の地 リワイルディング」、私にとっては、なんとも恐ろしく、考えさせられる映画であった。

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