キツネ狩りにゆくなら、ララ気をつけておゆきよ――そばを食べながらのくどい認識論

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文・石鍋健太

■ 蒼い時代のことやから 忘れてやってくださいと

そばを食べるたびにいつも、中島みゆきの「蕎麦屋」が頭のなかで勝手に流れる。かなりの名曲で、とくに「あのぅ、そばでも食わないかあ」と「おまえ」から電話がかかってきたかと思いきや、「なんのかんのと割り箸を折っている」のたった一文によって気づけば「あたし」が部屋からそば屋へと移動している流れがすごくよくて震える。大好きな歌だ。とはいえ、そばを食べていればどうしたってそばに夢中になるので、頭の中の「蕎麦屋」はたいてい最後まで流れ終わらずにどこかで途切れることになる。

ところが先日、目の前のそばに夢中になりながらも、なぜか頭の中の「蕎麦屋」もしっかり流れ続けたことがあった。それを終いまで聴いて、歌の主人公である「あたし」がそばを食べなかったのでとても驚いた。より正確にいえば、彼女がそばを食べないことをすっかり忘れていた自分に驚いた。

なにしろ頭の中で最初から最後まで曲を流せるくらいだから、歌詞はすべて覚えている。彼女が「くやし涙」を流しながら食べるのは、そばではなく「たぬきうどん」である。私はそのことを知っていたはずなのに、そばを食べるたびに思い浮かべてきた歌なのに、「あれ、そういや彼女はそばを食べないのか」といまさら驚いたのだ。どうやら、冒頭に述べた「なんのかんのと割り箸を云々」の箇所に感動するあまり、「たぬきうどん」を右から左へ素通りさせていたらしい。だからもっともっと正確には、私は「たぬきうどん」のことを一度記憶してから忘れたのではなくて、最初から無視し続けていたということになる。本当に申し訳なく思う。もちろん「たぬきうどん」にじゃなくて、この歌に対して。この歌がもし喋れたら、「あんたあたしのこと好きとか言ってるけど実はあたしのことなんにもわかってないし」と愛想をつかされてしまうだろう。

■ 永遠の嘘をついてくれ

と、そばを食べながらそんなことを考えているうちに、もうひとつ似た例を思い出した。「ホームにて」という同じく中島みゆきの名曲がある。これが何年か前にJR東日本の帰省客をターゲットにしたキャンペーンのテーマソングとなり、歌詞のフレーズを引用した「ふるさと行きの乗車券」なるものが発売されたことがあって、私は一時期とてつもない違和感に取りつかれ四六時中頭の片隅でこの件について考え続けてしまった。というのも、「ホームにて」は “ 帰省しない人 ” の歌なのだ。な、何を言ってるのかわからねーと思うが、とにかく歌詞をおさらいしてみるぜ。「やさしい声の駅長」が「ふるさとへ向かう最終に乗れる人は急ぎなさい」と叫び、主人公は「走りだせば間に合う」のにそうせず迷い続け、ついに「ドアは閉ま」ってしまう。そして汽車は走り去り、「手のひらに残るのは白い煙と乗車券」。その後、黄昏時に街をさまよう主人公は、自分の心が「今夜もホームにたたずんでいる」のを感じる。以上が「ホームにて」という歌のだいたいのストーリーである。

どこをどう聞いたって、主人公はふるさとへは帰らない。ではなぜ、このような “ 帰省しない人 ” の歌が帰省客に電車を使ってもらうためのキャンペーンに採用されたのか。決まってる。誰一人まともに聴かなかったからだ。いやもちろん、歌の内容を把握した上で「たとえつらくても楽しく電車に乗りましょう」「夢破れて錦は飾れなくてもふるさとへ帰りましょう」とそういう意図なのであれば一応納得はできる、一応はだが。あるいは三十歩くらい譲って、「歌の雰囲気がノスタルジックでセンチメンタルでなんとなく帰省っぽいから選びました」ということだって別にいい、言葉なんて楽曲を構成する多数の要素のひとつでしかないのだから。それらの可能性を考慮してなお引っかかるのは、「ふるさと行きの乗車券」だ。主人公の悲しみや苦しみや思い出が染みついた、都会の「ネオンライトでは燃やせない」し捨てられない、決して使われることのなかった「ふるさと行きの乗車券」を、帰省に便利なトクトクきっぷの名前にそのまま当てはめるとは、一体全体何がどうなってそうなったのか。人間はもう終わりなのか。

そんなふうにプリプリ怒っていた当の自分がまさか、そばを食べながらそばを食べない人の歌をその人がそばを食べないことにも気づかずに思い浮かべて、「この歌すきなんだよなー」とかいってたとはお恥ずかしいかぎり、笑わせるじゃないか。

そんなこんなで、人はやはり聞きたいことだけを聞きたいように聞き、考えたいことだけを考えたいように考えるのだなあ、とあらためて実感。であれば、言いたいことだけを言いたいように言わないよう気をつけねば。すくなくとも、言いたいことを言いたいように言ってしまっている真最中には、「いま言いたいこと言いたいように言ってんなー自分」と頭の片隅で思い続けたいものだ。

 

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