2016年1月
文・石村光太郎

2016年1月10日(日)クラリスブックス、今年最初の読書会が開催されました。課題本は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を取り上げました。

1月10日はイギリスでデビッド・ボウイが亡くなった日で、翌日世界中に訃報が駆け巡りました。私たちが読書会で銀河鉄道の乗客を、彼方へと送り出したその同じ日にボウイが逝ってしまったということは、全くの偶然にすぎないのですが、感慨深いものがあります。

古本買取クラリスブックス 東京・下北沢 日本文学 銀河鉄道の夜

今回は読書会の様子を雑誌で紹介したいとの申し出があり、その取材のスタッフの方達をまじえての開催となりました。参加された方々にはあらかじめの了解をとった上でおこなわれたわけですが、最初はどことなく緊張した感じで始まりましたが、取材されていることも意識せず、いつもの読書会の感じで盛り上がってゆきました。

『銀河鉄道の夜』は参加者のみなさんほとんどが一度は読んだことがある作品で、初めて読んだというのはクラリスブックスのスタッフ2人だけという、まあ何と言う本屋さんなんだろうという話はさておき、童話ということでかなり年少の時代に読んでいて、記憶が曖昧な部分もあり、今回あらためて読書会の場に向けきちんと読み込み、色々思うところはみなさんあったようです。
また『銀河鉄道の夜』というと、ますむらひろしさんの漫画をアニメ化した映画を観ている方が多く、その映画の印象はかなり強いようでした。擬人化された猫が登場するアニメなので『銀河鉄道の夜』イコール猫とイメージされて、原作は普通に人間がでてくるので、映画を見てから原作に入ると戸惑いがあるようです。

さて『銀河鉄道の夜』は短い作品ではありますが、長く語り継がれるだけあって、読むものひとりひとりに様々な思惑を抱かせる魅惑と謎を含んでおり、時折話が脱線することもある読書会の時間が、今回はほぼ作品の中身についてのあれやこれやに終始しておりました。
豊富な科学的知識にもとづく、星座、鉱物、化石、自然などに関する表現豊かな描写、幻想的な舞台設定とストーリー、不思議でいて魅力的な登場人物たち。溢れるイメージの連続に話は尽きません。

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そんな中、「悲しみ」という言葉が、参加者の内で共有されていたように感じました。
「何か楽しげなファンタジーかと思ったら、悲しい話だったのでびっくりした」という発言もうなずける悲劇で幕を閉じる展開もそうなのですが、主人公ジョバンニのおかれている現状、母親の病気、不在の父、友だちとのぎくしゃくした関係と大事な友との悲劇的な別れ、真夜中の銀河をゆく列車とその乗客たちのそこはかとない淋しげな描写。それは少年期から大人へと移り変わる時期の不安な心象風景なのかも知れませんが、何かそれ以上の残酷な「悲しみ」が作品のモチーフとしてあるような気がします。

銀河鉄道が「悲しみ」という旋律を奏でながら到達する終着に訪れるクライマックス。ジョバンニに告げられる親友カンパネルラの死。銀河鉄道の「夜」がいよいよジョバンニをさらなる闇へと引きずり込みます。川に落ちた友達を助け自ら川に入り行方不明となったカンパネルラ。この場面で読者はジョバンニと共にカンパネルラの父親が諦念と共に発する言葉を耳にします。
「もう駄目です。落ちてから45分たちましたから」
夢と現実を行き来するような、場所も時代も具体性を欠いた物語の中に突然現れた「45分」という具体的な数字。今回の読書会の終盤ではこの「45分」についてかなり集中して語り合っていました。

父親がわが子の死を受け入れるのに45分は短すぎるのではないか。いや45分で諦めるわけはないが、迷惑をかけた周囲の人々に配慮する父親の人格を表現しているのではないか。45という数字が何か象徴的な意味を持つのではないのか。それにしてもわが子の死に直面してこの父親の落ち着き方は、現代では考えられない。などなど「45分」と具体的な数字を父親が口にした瞬間に読者の前に、ファンタジーの向こう側にうっすらと隠されていた死のイメージが現前と立ち上がってきたようです。
宮沢賢治も若くして亡くなりますが、今から80年あまり前の世界では「死」は現代よりもっと身近に生活の中に影を落としていたろうし、人々はそれを悲しみながらも受け入れる術を心得ていたのでないのだろうかとこの作品を読み思いました。一方現代よりも淡く儚い「生」のイメージが作品の最後にジョバンニが母親にもって帰る「牛乳」の「ほのあたたかさ」に象徴されていたように思います。

繰り返しになりますが、いつまでも読み継がれる作品は、語れば語るほど尽くせぬ思いが沸いてきてとどまることがありません。『銀河鉄道の夜』の読書会は作品の中身にとことん集中した会になりました。スクールカーストなどという現代的なテーマを読み取る発言もあり、現代ならではの新たな発見もありました。
今回は取材の方を交えた読書会となったのですが、会の終わりに取材の方から『銀河鉄道の夜』を読みたくなったとの発言をいただいたのは、読書会を開催しているものとして何よりの励みの言葉となりました。

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『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治の生前には発表されていなかった作品で、残された草稿から編纂されたものです。草稿は4次稿まで存在しているのですが、1次稿から4次稿まで混在しており、最新の第4次稿として賢治が書き残したものがそのほぼ正確な姿をあらわすのは、1970年代なかばに編纂された「校本 宮沢賢治全集」における綿密な編集作業まで待たねばなりませんでした。私は4次稿をもとにした最新版しか読んでいません。3次稿まではジョバンニの銀河鉄道の体験が実験によりもたらされた幻想で、カンパネルラはその中にしか登場しないらしく、カンパネルラの実在はあいまいなままになっているようです。4次稿では実験という設定は消され、実験をおこなったとされる博士も消され、あきらかにカンパネルラは物語の中で実在しています。この最新版により物語を貫く「悲しみ」から「死」へのテーマはよりはっきりとしたものになっています。

詩人の天沢退二郎氏他による「校本 宮沢賢治全集」の徹底した編集作業は、作者が他界しているからという理由もありますが、どんな名作であろうが作品が世に出るには作者ひとりの力ではできないということを強く感じさせます。原稿を書くという作業、それを編集し1冊の書物に仕上げるには、編集、装幀、印刷、販売と他者の存在なくては不可能です。そしてもちろん我々読者というさらなる他者の存在がなくして、それは語り継がれてゆきません。

宮沢賢治誕生120年、死後83年。今年の読書会がまた始まりました。

 

 

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