4月3日、織田作之助『蛍』読書会のご報告

2016年4月3日(日)クラリスブックスにて読書会が開催されました。課題本は織田作之助の『蛍』を取り上げました。

『蛍』は昭和19年に発表され、現在では岩波文庫『夫婦善哉』の中に収録されている20ページほどの短編小説です。前回の読書会がトーマス・マンの『魔の山』、文庫本上下2冊合計1,500ページ余りの大長編。書かれた言葉も違えば長さも違うこの2つの作品が、同じジャンルとして括られて語られてしまうから、小説とは不思議なものだと思います。
『蛍』は幕末を舞台に寺田屋事件として名を残し、坂本龍馬ゆかりの地として有名な舟宿の女将の半生を綴った歴史小説です。主人公登勢が身に降りかかる様々な困難と厳しい時代の渦中にあり、けなげに生き抜いていく姿を描くというよくあるストーリーですが、これにみな胸を打たれてしまうのですから小説とはやっかいなもの、そしてこれを仕掛けた織田作マジックは如何なるものなのでしょう。

古本買取クラリスブックス 読書会 織田作之助 蛍

主人公登勢の母が妹を生んだと同時に亡くなり、妹そして父も相次ぎ失い、14歳にして孤児となり伯父に引き取られるまでが、冒頭の5行ほどで鮮やかに描かれます。スピード感と言葉遣いを駆使し、出だしから我々の度肝をぬいてやろうかという文章です。当店スタッフ含め今回の読書会の参加者の半数は、前回の『魔の山』から続けての参加となったので、『魔の山』では丸々1章、30ページ余りを滔々と費やす主人公の生い立ちを、『蛍』では一息つく間に語られてしまうという長編と短篇の表現方法の違いに、いまさらながら驚かされました。

この冒頭の部分にのみならず、織田作之助の文章の手練手管は我々を魅了して止みません。鍵括弧でくくることなく会話を挿入させ、語り手の目線を作者から登場人物へと自由に行き来させ、関西弁の話し言葉を自在に操り小説の中にとりこみ、庶民の感情のうねりを活写しています。登勢の周りの人物、駄目な夫の伊助、伊助の継母の定、定の実娘の椙、坂本龍馬を始めとする大義に殉ずる志士たち。大なり小なり登勢から何かを奪ってゆく人々、あるいはその時代、それらに耐えてけなげに生きてゆく登勢自身。主人公も含めこの物語の人々の生き方は、現代では受け入れがたい姿だと思います。実際読書会の中でもそれは指摘されました。にもかかわらず作中人物に感情移入し感動をおぼえてしまうというのは、我々が作中の世界のその場所に連れて行かれたからではないでしょうか。

関西の話し言葉の語り口と共に登場人物たちの「声」も強く印象付けられます。不幸の連鎖の中にあり腑に落ちぬくらい登勢の高い笑い声、伊助の吃音、赤子の泣き声、志士の叫び。等々の「声」が生き生きと飛び交うなか、登勢が放つ「あっ、蛍」という印象的なひと言と共に、我々はこの蛍が曳く光の尾のような刹那の物語に導かれたのだと思います。

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織田作之助の代表作は『夫婦善哉』で、こちらは映画化、テレビドラマ化され有名な作品です。2013年の織田作之助生誕100年の折、NHKでドラマ化されたのをみられた方も多いのではないでしょうか。このドラマのことは今回の読書会でも話題になり、かなり好評でした。
『夫婦善哉』もそうですが、ダメな男とそれに引きずられずるずると流されて落ちてゆく女との道行きを描くのを織田作之助は得意としています。『蛍』は珍しく歴史小説の形をとっており主人公も薄幸ではあるが転落はしてゆきません。織田作之助としては題材とストーリーが異質なものとなっています。この作品は昭和19年、大戦の真っただ中に書かれており、時節柄男女の愛憎劇を書くことが許されず、寺田屋事件を材に取り歴史小説の形で人情の機微を描いたものだと思われます。そう思って読みかえすと作中の坂本龍馬の登場などは唐突な感じがします。『蛍』は不得手な題材ゆえにきめ細かく、ていねいにまとめられた完成度の高い作品になったのでしょう。

今回の読書会参加者は概ね『蛍』に素直な感動を覚えたように感じられました。現代とは相容れぬ生き方を是とした時代に、あるいは是とせざるを得ないように時代に、その時代の要請に応じて書かれた小説の作中人物たちの有様に感銘を受けるというのはどういうことなのでしょう。先に織田作マジックという言葉を使いましたが、それはどのような時代の、どのような人物の、どのような「生き方」に対しても是々非々を下さない「書き方」つまり文体にあるのではないでしょうか。では織田作之助の文体はと問うと、潔い文体、淡々とした文体、たくましい、けろっとしたetc 言葉で表現しようとするとどれもしっくりこないのがもどかしく、手の届かないほど奥深い文体であることがわかり、それゆえ生誕100年を超え読み継がれているのでしょう。

わずか20ページほどの作品を読み、読書会を終えてなおもっと深く分け入って行かなければと宿題を課せられたような気がします。

 

クラリスブックス 石村

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