下北沢で仕事を始め約三か月になります。ここに来るまでのこの街の印象は、おしゃれな店が軒を並べ、土日ともなると若い人たちががやがやと地方から集まる消費の街という印象でした。でも何だか違うんです。確かに洋服、アクセサリー、骨董、カフェなどのお店が多く進出して賑わい、入れ替わりも多く、街の様子が常に真新しく変化している感はあるのですが、その変化の奥に古くからの下北沢という街の歴史が根付いている印象があります。
東京といってもかなり郊外のJR沿いの住宅地で育ち、長く都心の千代田区で仕事をしてきた私にとって、下北沢のような私鉄沿線の街に触れたことは、長い人生の中で初めての経験で、まだ三か月しかおりませんが、かなり新鮮な体験になりました。
私が利用している井の頭線の駅名を見てみましょう。渋谷、神泉、駒場東大前、池ノ上、下北沢、新代田、東松原、明大前・・・・
短い距離で駅が連なり、その中には谷があり、泉があり、池があり、沢があり、田があり、原があります。起伏に富んだ地形の中を縫うように進む鉄道沿線に駅を作り、街を作り、街を繋ぐ。より遠くへと人や物を運ぶ事を目指すJRとは違い、人々の暮らす街と街を結ぶ都心の私鉄の役割が見えてきました。
例えば下北沢の駅など渋谷側は街は高架下ですが、吉祥寺側は踏み切りで線路と同じ高さに街があります。駅間は短く歩いていける距離とはいえ、高低差があり道は迂回し電車が街を結ばないと人々の生活は不便であっただろうと思います。細かく駅を刻み小さな街と街が繋がり、高低差と曲がりくねった狭い道の中にひしめき合うように人々の生活の輪郭が形作られたように見えます。
▲井の頭線下北沢駅、吉祥寺側
▲井の頭線下北沢駅、渋谷側、高架下
さらに下北沢は小田急線と井の頭線が交差し、新宿、渋谷からのアクセスが便利で住宅地としても便利ですし、70年代ころから演劇の拠点として注目され、それに連れ文化、芸術、ファッションの町としてわさわさと人が集まるようになりました。私のこれまでの下北沢感は、整然とおしゃれなお店が並んでいるというイメージだったのですが。いざ来てみると、地元の商店、新規の商店、そしてちょっと外れると静かな住宅といったその混在ぶり、細い道1本入っただけで、がらりと表情が変わってしまう迷路のような道の分かりにくさにくらくらしてしまいました。
▲賑わう街中
▲路地に迷うとここは?
狭い街ゆえ人口の膨張と共に窮屈となり、不便なこともありますが、小さい場所ですから自然に顔見知りが増え、親近感がわいてくる。それでいてあんまりべたついた交流もない。そんな私鉄沿線の街のあじわいに私はすっかり魅了されてしまいました。間もなく仲間と共にこの下北沢に小さな店舗を構えるわけですが、我々がこの街を選んだ意味と、この街のために微力ながらも役に立つ情報を発信していくにはどうしたらよいかを、これからも日々迷いながら散策し、考えていきたいと思っています。
▲この道はどこへ行くの?
石村
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